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2007年6月30日 (土)

つづき

さて、宮沢元首相死去の話の続きです。

多大な影響と言っても、会ったこともないし、尊敬していた訳でもありません。

私の実家は、まさに宮沢元首相の地元であり、あのウソツキ解散と言われた時は、私は中学生になるところでした。

そして、自民党の野党転落、そして細川政権から羽田政権、村山政権とその激動の時代を中学生時代に見てきました。

中学生で政治に興味を持っていたのも不思議ですが、なにより国民が動けば政治が変わるというのを実感しました。それまでは私自身も、どうせ自民党がずっとやっていくんだろうな~。としか考えてませんでしたから。

そしてなにより、自民党が野党になった原因の宮沢元首相を次の選挙でも応援し、当選させる地元の人たち。テレビのなかでは理想に近づいているようで、実際見るのは現実の姿。

「変わらないといけない現実がある。そして変えることは出来る」

私は中学2年生の時そう思い、将来の夢を政治家に決めました。今の私があるのは、ある意味で言えば宮沢元首相のおかげかもしれません。

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コメント

>私の実家は、まさに宮沢元首相の地元であり、あのウソツキ解散と言われた時は、私は中学生になるところでした。

こらー!高校生になるところでしょ!
中3の夏に解散したんだからね。
勝手に年齢を若くしようとしても、同い年の俺が許さんぞ(笑)

・・・すいません。記憶違いでした。
何でだろう?

93年6月、つまり中学3年の梅雨時に解散し、
7月の総選挙、8月2日ごろの細川内閣発足ですよ。
「中学生になるころ」じゃ、まだ小6ぐらいに読めちゃうぜ。
細川内閣の総辞職、羽田内閣の発足を巡るゴタゴタは、翌年4月で、我々が高校に入学したばかりだから、それで勘違いしたのでしょうね。

ちなみに、93年6月は、小和田雅子嬢が皇太子徳仁親王殿下とご成婚された月でもあります。
上旬のご成婚パレードは、下旬の衆院解散ですっかりイメージがおぼろげに。。。

ちなみに、人間の記憶力というのは、時間軸に対してはかなり詳細に覚えることができるみたい。
これはほかの出来事と関連づけて覚えることが可能で、(後略)

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