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2007年8月 7日 (火)

核兵器は政治を超える

予告どおりに核兵器の話を。少し硬~い話になりますが。

表題どおり私は核兵器は政治を超越すると思っています。

政治の役割が、国民の財産、生命を守ることが目的であるのであれば、他国との利害衝突が起きた場合、まず、外交努力によって解決すべきですが、しかし、どうしても解決しがたい場合は両国の国力をもって戦争という手段で解決することになってしまいます。(もちろん政治家としては最大限回避すべきものではあります)

つまり、その当時の国民が自分たちの責任をもって選んだ政治家が、戦争を決定するわけですから、その結果責任というのも国民が受けなければならないということになるでしょう。

しかし、核兵器というものは、その当時の国民だけではなく、その子孫にまで責任を取らせることになります。子孫としては自分たちに責任がないまま、その被害をこうむる訳となるわけです。

現在、テロ行為などで核兵器が使われることも予想されています。もし、この地球上で核兵器を使用すれば、その反撃として核兵器が使用しようされるでしょう。そうなれば、これは外交だとか政治だとかそういった概念を超えたまさに人類としての存続問題に繋がる問題となります。

相手が核を持つから防衛のために核を持つというのは、簡単な議論ではありますが、核というものを人類が扱いきれていない状態で、このような議論をすることは非常に危険だと思います。

硬い文章ですが最後まで読んで頂きありがとうございます。

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コメント

硬い内容だけど、自分の言いたいことを伝えきっていないなあ。
時宜にかなった題材なのに、惜しいねぇ。

そもそも、法学部で政治学を学んだのに、現在の核不拡散体制に対する国際政治の研究が進んでいることを無視しているのが残念だ。
もっと、平和研究や力の均衡など、国際政治学の初歩的な研究を学んだほうが良いと思うよ。

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